スペインに惚れました

10年暮らした愛しのスペイン私の独断と偏見に満ちた西方見聞録

距離感

スペインで暮らしている頃「なぜスペインに来たのか?」と現地の人に聞かれることが何度かあった。まさに「Youはなにしに?」だ。TV番組を見てる分には楽しいが、質問される側になると面倒くさい。

 

スペイン人にとって「家族も知り合いもいない土地になぜ独りでやって来たのか?」という点は非常に興味深いテーマのようだった。一年や二年の留学ならばまだしも何年も家族と離れて暮らすなんて耐えられない!とよく言われたものだ。しかも「独りで」なんて考えられないと言う。

 

スペイン人は寂しがり屋さんが多いので常に誰かと行動を共にする。家族と、恋人と、友達と。したがってお一人様天国の日本とは違い一人行動がなかなか難しい。

例えば、私の友人で映画を一人で見に行ける人は誰一人いないし、クリスマスを一人で過ごせる人もいない。寂しいと死んでしまうウサギのようだ。(実際は寂しくても死なない所も似ている) 一人行動ができない訳ではなく、したくないのだ。たぶん話し相手がいないと生きていけない人種なのだと思う。したがって、電話でのやり取りも異常に多いのだ。

 

スマホが普及する以前、日本との連絡手段はメールか電話だった。その頃会社で、どのくらいの頻度で日本の家族と電話で話すのか?という話題になり「二週間に一度くらい?一か月に一度なんてこともある」なんて答えると「えー!信じられない!私だったら毎日電話する!」と言って大騒ぎになった。

実際同僚は同じマドリードに住んでいる家族と毎日電話で話している。よくもまぁそれだけ話すことがあるものだ。何を話しているのかと傍にいって聞き耳を立ててみると話の内容はその日に食べたお昼のメニュー(取り立てて変わったメニューではない)や、帰宅予定時刻(毎日定時で帰っている)など至ってどうでもよい中身のない内容ばかりだった。しかし、食後の電話は彼女たちのルーティーンらしく、特別なことがなくても電話で話さないと気が済まないようだ。

 

特に同僚がお気に入りだった私と家族のやり取りは、年一回夏休みで日本に帰った時の空港での家族とのご対面だ。久しぶりに会う家族ともなれば感動の熱い抱擁を交わすのがスペインでの常識だが、私の場合は「よっ!」と片手をあげるのみ。私も家族も純日本人なので当たり前の光景だと思うのだが、このやり取りを説明すると同僚は大爆笑。「信じられなーい!一年ぶりに会うのに、よっ!ってなんだよー!!!」とつっこまれるのだ。

 

同僚が私と家族のスキンシップの薄さに驚愕するのにはそれなりの理由がある。

スペインに居る時の私は、スペイン人並みのスキンシップを繰り広げる熱いラテン気質が憑依している為、人に会えば頬にチュッチュとキスをし、プレゼントをもらえば大げさに抱擁を交わす。一年ぶりに会う日本の家族には触れもしないのに、夏休み明けの同僚とは抱き合って再会を喜ぶのだ。こんなに熱い女が日本の家族とはスキンシップを取らないなんて信じられないと言うのだが、こればかりは仕方ない。

対日本人となると自動的に頭のチップが切り替わり、対人距離感が日本仕様に変わってしまうのだ。好きとか嫌いとかの問題ではない。しかし何度説明してもこの感覚はスペイン人にはなかなか理解してもらえなかった。

 

ちょっと困るのはスペインに住んでいる日本人とのスキンシップだ。ラテン女が憑依しているのでつい両手を広げてしまうのだが、日本人と認識したとたん頭のチップが切り替わり、手のやり場に困ってぎこちない挨拶をする羽目になってしまう。なんとも気恥ずかしい瞬間だ。

たまに私と同じくラテン人が憑依している日本人がいて、彼らとはあまり違和感なくがっちり抱き合いながら挨拶を交わすことができるので有難い。

 

私の家族にもラテン人が憑依してくれれば躊躇なくスキンシップが取れるのにと思うが、母はともかく父には到底無理な相談だろう。

レインボーカラーの書店と一人芝居

マドリードでは毎年この時期にLGBTのプライド祭りがある。スペインは同性婚が認められている数少ない国の一つであり、マドリードの祭りはその界隈ではとても有名だ。

 

私がマドリードで最初に働いた店はLGBTの人々が多く集まることで有名な地域だったのだが、グラナダから上京してきたばかりだったのでそんな情報は全く私の頭には入っていなかった。

面接の日、日本人気質が抜けない私は約束の時間の30分前には店に到着していたのだが、ここはスペイン。30分も前に店が開いているはずもない。

どこで時間を潰そうかと店の周りを見渡すと、一軒のお洒落な書店が目に入った。書店と言うのは世界共通で時間潰しに最適な場所だ。

本屋さんは好きだが、その頃の私の語学力ではまだスペイン語の本を読破するほどの力はなかったので本の表紙をただ眺めながら店内をぶらつくことにした。

ふと、誰かの視線を感じる。なんだか居心地が悪い。映画のDVDのコーナーがあったのでそこでDVDを物色しているふりをして視線の元を確認すると一人の女性がじっとこちらを観察しているのだ。アジア人が珍しいのだろうか?DVDに集中して視線を無視することに決めたのだが、よく見るとDVDの品揃えが独特だ。

マイ・プライベート・アイダホ

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ

プリシラ

ボーイズ・ドント・クライ

などなど。どれも私が好きな映画には変わりないが、よく考えてみればこれらの作品はすべてLGBT系だ。

はっとして店内を見渡してみると書籍もLGBT系で埋め尽くされているではないか!ここは、もしや、その筋の専門店!? となると先ほどから感じている視線にはまた違った意味合いが含まれている可能性があるのではないか?

ボーイズ・ドント・クライ」の映画の内容を思い返しながら涙ぐんでいる場合ではない。

 

時計を見ると面接の時間まであと10分。店に視線を向けてみると、先ほどまではシャッターで閉まっていた扉が半分開いている。誰かが来たようだ。しかし、急いでこの場から逃げ出すのはなんだか失礼なので少しずつ少しずつ入口に向かって移動することにした。そして最後は掛かっても来ていないのに携帯に電話が来たふりをして店から出る作戦を実行し無事に本屋を後にすることができたのだ。

 

「掛かっても来ていない電話が掛かってきているふり」をするのはこれが人生で二度目であった。

 

忘れもしない一度目は日本で一人暮らしをしていた20代の頃のこと。

給料日の前日に友だちと飲みに行った帰り道、ご機嫌で翌日の朝ごはん用の食パンを買おうとコンビニに寄った。夜中のコンビニには人っ子一人おらず、店員さんは入店した私を確認するとバックヤードから出てきてレジで待ち構える態勢に入っていた。

食パン片手にルンルンと店内を物色していると、突然唐突にさっきの飲み会で残金をほぼ使い果たしたことを思い出したのだ。確か、財布の残金は105円。

私が手にしている食パンは180円。

お金が足りない。

しかし、店員さんは今か今かと私がレジに来るのを待ち構えている。しかも私自身もレジへ向かって歩み始めてしまっている最中だ。

この危機的状況を回避するために私が取った行動が、他でもない「掛かっても来ていない電話が掛かってきているふり」作戦だった。

店員さんの視線を感じつつ、バイブが鳴ったふりをし、「お疲れー。あー、今コンビニ。えっ?何?ちょっと待ってコンビニ出るわ」などと一人芝居を必死に繰り広げ私はコンビニから脱出することに成功したのだ。

 

まさかそれから数年後に日本から遠く離れた異国の地でまた同じ作戦を実行して店から逃げるようにして去ることになるとは夢にも思わなかった。

姑という名の魔女

結婚には至らなかったので厳密には姑と呼べないが、それらしい人物が私の人生でも登場したことがある。

スペイン人の彼のお母さんだ。一般的にスペイン男性はマザコンだと有名だが、私の彼も例外に漏れずマザコンだった。そして彼のお母さんは私にとって最強最悪の姑であった。この書き出しからもわかる通り、私と彼女の相性は最悪だった。息子を挟んで繰り広げられる三角関係。

 

彼が私の住む家に押しかけてきて同棲が始まったのだが、なんせ二人で住むには小さすぎるワンルームだったためとても手狭だった。マドリードの中心地だったため狭くても家賃はそれなり。そこで彼から「僕の家に引っ越してくればいいよ!」と素敵な提案を頂いた。なんでも彼のお母さんは彼のお姉さん夫婦がいる地方都市に滞在しているため現在マドリードの家には彼以外住んでいないという。中心地からは若干離れるが家賃も無料だし文句はない。早速ワンルームの契約を解約し彼の家へ転がり込むことにした。

しかしこの決断が大間違いだったのだ。

 

引っ越して3週間が過ぎた頃、彼のお母さんが私たちの住む家にやって来た。私たちの住む家と言っても彼のお母さんの家なのでいつやって来ても文句は言えない。この家は寝室が3つだがお風呂とトイレが2つあるのでお母さんがやって来てもそれ程支障はない。いつまで滞在する気なのだろうか?と気になるが、家の家主にそんなことはなかなか聞けないので彼に聞いてみると、しばらくこっちに滞在するとのことだった。しばらくって一体いつまでのことだろうか?

一抹の不安が胸に広がる。

そして嫌な予感というのは残念ながら驚くほどよく当たる。

彼のお姉さんと電話で話す機会があったのでさりげなく探りを入れてみたところ、なんと彼のお母さんは私に家を乗っ取られるのが心配でがっつり戻って来たようなのだ!

彼のお母さんが戻ってくると知っていたらワンルームを解約なんてしなかったのに!

時すでに遅し。

そしてそれから10か月間に渡り3人の奇妙な共同生活は続いた。

 

彼のお母さんの一番の問題点は、私のことを息子を奪い去る悪魔だと思っていること。被害妄想も甚だしいってものである。女手一つで育てた最愛の息子が東洋の女にそそのかされ自分の元から離れていくのではないかと戦々恐々としているのだ。悪魔に対抗するために鋭くなっていく眼光。そして姑の風貌ははどんどん魔女っぽくなっていった。

私は、私のことを嫌いな人間とは極力関わらないで済むように生きてきたのに、家に帰ると私のことを世界一嫌いな魔女が待ち受けているのである。これはきつい。

 

結局、10か月後に音を上げたのは私だった。

東洋の悪魔と西洋の魔女の戦いは西洋の魔女に軍配が上がったのだ。

 

敗北感に打ちひしがれ、別れを覚悟の上で家を出たのだが、結局この引っ越しに彼もついてきてしまったため、私と魔女との関係は修復されるどころか悪化の一途を辿ることとなった。しかし私たちが家を出てほどなくすると彼女は唐突に元いた地方へ帰って行ってしまったのである。

長かった一年がそうして幕を閉じたのだ。

その後、彼と別れるまでの数年間は冷戦状態が続き、そして結局最後まで和解することなく彼女は私の人生から去って行った。

 

別れた後でも魔女は時々夢に登場し私を苦しめた。どんだけ魔力が強いんだ!

恐るべし西洋の魔女!

 

こんな出来事があったので姑と良い関係を築いている人を見ると尊敬してしまう。魔女に打ち勝つ秘薬などがあるのなら是非頂きたいものだ。

散歩と尾行

私の人生で歩くという行為は行きたい所へ向かうための手段であって目的になることはなかったのだが、スペインに行きその感覚はずいぶん変わった。

日本にいた時はとにかく目的地に最短距離で行けるルートを検索し、必要とあらばタクシーまで駆使して極力歩かなくて済む選択をしていたが、スペインでは不思議なほど無駄に歩くことができた。湿気のない気候と抜けるような青空、急いで歩いている人がいない道。お店やバルなどが建物の一階にあるので歩いて眺めているだけでも楽しくなる。スペイン人が散歩好きなのも納得である。

 

マドリードは首都と言えども意外にコンパクトな街なので、散歩や買い物をしていると知り合いに出くわすなんてことも良く起こるのだが、知り合いではなくてもよく見かける人というのが存在する。

私たちが「パトリック」と名付けたその男はいつも指なしの革の手袋をはめ、ベースボールシャツに身を包んでいた。なぜパトリックと名付けたかと言うと、俳優のロバート・パトリック(ダイ・ハード2のテロリスト役)に似ていたからだ。

初めて見かけた時は変わった人だなと思っただけだったが、その日を境にパトリックとの遭遇率がグッと上がっていった。私たちとパトリックの行動範囲がどうやらかなりかぶっているようだ。本当の知り合いと遭遇する確率よりパトリックと遭遇する確率の方が断然高い。

 

パトリックはいつ見ても同じスタイルで、そして必ず一人で歩いていた。人と話している所は一度も見かけたことがない。口を一文字に閉じ無表情。背が高くやたらと姿勢がいいので遠く離れた場所からもパトリックを発見するのは容易だった。

季節が変わり寒くなってもパトリックは頑なにベースボールシャツを着ていたが、本格的な冬が到来したらあっさりとコートを着込み始めた。しかし、革手袋の指先は相変わらず出たままだ。

 

寒い冬の夕方、彼氏とぶらぶら散歩をしている時にまたパトリックを発見した。いつ見ても興味深い男だ。一体彼は何者なのだろうか?常に身に付けている革の手袋も気になる。無表情で強面の顔から想像すると殺し屋か?スパイか?いや、それにしては目立ちすぎる。

するとパトリックの後をつけてみよう!と彼から提案があった。人の後をつける行為はもはや散歩ではなくただの尾行だ。常識的に考えてこの行為は間違っているが、特に用事もないのであっさりと彼の変態行為に私も便乗した。

夕方のマドリードの繁華街は人で溢れているため尾行するにはもってこいだ。しかもパトリックは背が高いので多少の距離があっても見失うことはない。簡単だ。しかもパトリックのコースは私たちの普段の散歩コースとなんら変わらない。そーなると尾行している罪悪感が一気に薄くなる。

 

しかし、歩けども歩けどもパトリックはどこへも入らず、誰とも話さず、ただただ街をさまよっていただけだった。なんともつまらない尾行である。そうこうしている間にどっぷり日も暮れて、お腹も空いてきたのでその日の任務は完了することにした。まるで収穫のない尾行だった。私たちはどうも探偵には向いていないようだ。なんせ二人とも忍耐力がないし、飽きっぽい。したがってパトリックの謎な生態を解明する!という当初の情熱はあっさり跡形もなく消えさり、頭の中は夕飯何を食べよう???で一杯になっていた。

 

その後も何度も街でパトリックを見かけたが、結局一度も話すこともなく私はマドリードを出てしまった。

尾行をしたせいで何故か親近感が沸く。

今でもパトリックはマドリードの街を散歩しているのだろうか?

砂糖と11歳の誓い

私はコーヒーにミルクは入れるが砂糖は入れない派だ。

11歳の時にコーヒーに入れるのはミルクか砂糖のどちらか一つに決めなければならないとなぜか思い立ち、ミルクを選択したのだ。今思い返しても何故あの時ミルクか砂糖かの二択を自分に突きつけたのかまるで覚えていない。

ただ「コーヒー+ミルク」と「コーヒー+砂糖」を飲み比べて慎重に決断を下したことだけは鮮明に記憶している。

子供ながらに何か思うところがあったのだろう。

 

スペインではコーヒーに砂糖を入れるのは当たり前で、コーヒーのわきに添えられる砂糖の袋もビックサイズだ。人によっては一袋では物足りず二袋入れる人もいる。世界的に見てもコーヒーに砂糖を入れて甘くして飲む人の方が圧倒的に多いと思うのでコーヒーの飲み方としては砂糖入りが正しいのだろう。

したがって、スペインでコーヒーを頼むときに「砂糖いらない」と告げると一瞬怪訝な顔をされるのだが、私は11歳の時の自分の選択に忠実に生きているので今でも砂糖は入れない。

 

日本食レストランで働いていた頃、日本人の板さんがまかないでコーヒーゼリーを作ってくれたことがある。

11歳の誓いを守っている私はコーヒーゼリーに生クリームだけたらしガムシロップはあえてかけなかった。

「わーい!美味しいー!」とほほを緩めた私を横目で確認し、毒味完了とばかりに同僚のフィリピン人たちが食べ出したのだが、「にがっ!!なんじゃこりゃ!」と言ってまるで騙された被害者のような形相で私を睨んでくるのだ。

睨むなら私じゃなくて板さんを睨んでほしい。

「甘くないコーヒーなんてコーヒーじゃない。デザートなのに甘くないなんて信じられない!なんだこれは!薬かっ!」とそれはもう大不評であった。ガムシロ入れれば甘くなるよと教えてあげたのだが、詐欺軍団の手下扱いを受け「お前の言うことは信じられない」と一夜にして信用を無くしてしまった。

 

砂糖で思い出したが、スペイン人の友達にすき焼きが甘くて苦手だと言われたことがある。生卵が嫌だと言われる覚悟はしていたが、甘いから嫌だと言われるとは思ってもみなかったので驚いた。

「デザートなら甘くていいが、料理に砂糖を何故入れるのだ?」という彼女。確かに日本食はかなり頻繁に料理に砂糖を使う。料理の基本「さしすせそ」の「さ」が砂糖だもの。特に和食には必ずと言っていいほど砂糖が入っている。すき焼きも照り焼きも、煮物も。甘じょっぱい味付けは和食の王道なのだろう。寿司の酢飯にまで砂糖ががっつり入っているではないか!

しかし、生れた時から身近にある味付けの為なんの疑問も抱かずに今日まで生きていた。

 

それに引き換え、代表的なスペイン料理のレシピに砂糖の文字は刻まれない。スペイン料理の基本調味料は塩とオリーブオイル。プラスでニンニクやパプリカパウダー、トマト、ハーブなどだ。

しかし、メインの食事で糖分を摂取しない分デザートやコーヒーでがっつり糖分を補給することも決して忘れない。殺人級に甘いデザートが存在するのは必然だったのだ!

スペイン料理をたらふく食べた後に無性に甘ったるいコーヒーが飲みたくなるのもきっとこのせいだ。

 

しかし、コーヒーに砂糖に入れる時、私はなんだか後ろめたい気持ちになる。

11歳の誓いと甘いコーヒーの誘惑の間で揺れる乙女心。

意外と子供の頃の決意って人生を左右するのだなと考えさせられる瞬間であった。

占いとふたご座の男

日本人なら大抵の人が各血液型についてなんらかのイメージを抱いていると思うが、スペイン人は自分の血液型を知らない人がたくさんいるので血液型占いなんてものが存在しない。

したがって、スペインでは病院以外の場所で血液型が話題に上がることがあまりないのだが、たまに血液型の話題になるとRh+かRh-かとそこまで詳しく聞かれたりする。

 

なぜかと言うと日本人の血液型の割合では1%にも満たないRh-の型がスペインでは驚くくらい存在するのだ。

 

https://en.wikipedia.org/wiki/Blood_type_distribution_by_country

を参考に日本とスペインの割合だけ抜粋してみるとこうなる。

 

日本

スペイン

A+

39.8%

36%

A-

0.2%

7%

O+

29.9%

35%

O-

0.15%

9%

B+

19.9%

8%

B-

0.1%

2%

AB+

9.9%

2.5%

AB-

0.05%

0.5%

 

なんと人口の18%にも当たる人がRh-なのだ!スペインに限らずRh-の血液はどうも欧米の白人に多いらしい。素朴な疑問だが、Rh+の人とRh-の人では性格が違ったりするのだろうか?

 

因みに、スペインに行って初めて知ったのだが、Rh-型の血液を持つ人が妊娠した場合、胎児がRh+型を持っていると色々な問題が発生するらしいので注意が必要のようだ。Rh-型の人があまり存在しない日本ではあまり話題にならない。 

一度テレビでこの問題を解決できる特殊な抗体を持つ血液をオーストラリアのおじいちゃんが持っていて、60年間に輸血で200万人を救ったという感動秘話をやっていた。とても素晴らしいおじいちゃんである。

https://tabi-labo.com/151790/babies-alive-goldenarm

 

話は変わるが、スペインでもっともポピュラーな占いと言えば星座占いだろう。日本と同じように雑誌や新聞なんかにも12星座の占いが掲載されている。「何型?」とは聞かれなくても「何座?」とは聞かれるのである。

 

一度やたらとホロスコープ占星術に詳しいふたご座の男と出会ったことがある。

母性に溢れ家庭を大切にする星のもとに生まれたはずの私が婚期を逃し子供も産まずに一人で生きていることにその男はいたく興味を示し、生い立ちからスペインへ来るまでのいきさつなどを根掘り葉掘り聞いてきた。

しかし、生まれた時刻や生まれた場所などあらん限りの情報を私から摂取するとその男はあっとゆーまに私の前から姿をくらませたのである。

「なんとこんな例外もありました」的な番外編として私の情報は彼のホロスコープ占いに更新され私の役目は終わったようだ。

その後、私の持つ星の説明と普通のホロースコープ占星術よりもっと解読難儀ななんちゃら占星術のリンクが貼られているメールを一通頂いたが、難解すぎて何が言いたいのかまるで分らなかった。

 

私はそこまで占いを信じる女ではないが、この事件以来「ふたご座の男」が嫌いである。

 

そんな私でも昔は占いを信じていた。24歳で初めてお金を払って運勢を見てもらいに行った時「結婚は38歳」と断言された。24歳の娘にとって結婚が14年も先の事という占い結果は受け入れがたいものがあったので38歳より前に結婚したらどうなるのか?と詰め寄ってみたら「結婚してもいいけど、別れるんじゃないかな?でも38歳で運命の人と結婚できるから大丈夫だよ」と言い放たれた。ひょうひょうと言ってのける占い師の言葉をまんまと信じたわけではないが、31歳の時に見てもらった占い師にも「38歳で結婚」と言われたのでこれはもう間違いないと腹をくくりその上に胡坐をかいていた。

 

しかし運命の38歳という年齢を過ぎた今となっても私は結婚していない。

何事にも例外と言うものは起こりうるという事実を身をもって学んだ私ではあるが、今でも朝の星座占いが始まると一応自分の星座が出るまでチャンネルを変えられなかったりする。

 

コーンスープ

日本以外の国ではなかなか食べることが出来ない食べ物というものがいくつか存在するが、世界的な日本食ブームのおかげでスペインでも大抵の日本食は手に入るようになった。

しかし、思いもよらない物が手に入らなかったりすることがある。

ある日私はスペインのスーパーでその存在がないことに気が付いた。

その存在とは私の大好物コーンスープのことである。

 

日本でもおなじみのキャンベルの缶コーナーにコーンスープが置いていないのだ。

オニオンスープやクラムチャウダーはあるのにコーンスープだけがない。仕方がないので粉末タイプのスープコーナーへ移動して探してみるが、やっぱりどこにも見当たらない。レストランでも多くの種類のスープやボタージュがある中、コーンスープだけはどこの店でも見つからない。

本場のアメリカじゃないからここでは見つからないのかな?と思っていたのだが、調べてみるとアメリカが本場というわけでもないらしい。コーンポタージュとも呼ぶのでポタージュと言えばフランスかな?とも思ったがフランスでもない。

なんとびっくりなことにコーンスープの本場は日本らしい!洋食なのでてっきり外国の食べ物だと思い込んでいた。日本では自動販売機でも買えるぐらい国民の生活に根強く浸透しているが、コーンスープが日本以外では食されていないという事実を知る人は意外と少ないのではないだろうか?

カレーライスやナポリタンぐらい声高に主張してほしいものである。

もしコーンスープがなければ生きてゆけないような人がいるのであれば、海外ではまず遭遇できないという事だけ肝に銘じておいて欲しい。

 

ないのなら 作ってみせよう コーンスープ

 

カレールーがないとカレーが作れない私だが、コーンスープはコーンスープの素がなくても美味しく作れる自信がある!材料もスペインで簡単に手に入るものだけなのでお手軽だ。

母のレシピと幼馴染のお母さんのレシピを合わせて自分流に勝手に改良した最高レシピがあるのだが、クックパッドで検索したら似たようなレシピがわんさか出てきた。料理が得意なわけでもないのに最高レシピなどと調子に乗った私が悪い。

「オリジナルレシピです。てへ♡」なんて人に自慢しなくてよかった。

しかし、美味しくできれば誰のレシピでも構わない。

私の腕が相当いいのか、このスープを食したスペイン人は誰もかれも大絶賛であった。これがきっかけでスペインでもコーンスープブームがくればいいと思っていたが、未だにブームは来ていない。

 

私の絶品コーンスープでなくても、日本でコーンスープを一度でも食べたことのあるスペイン人は皆一様に美味しいと言う。バスク地方から新婚旅行で日本を訪れた知り合いに何が一番美味しかったかと尋ねたら「朝食に出てきたコーンスープ」と答えていたぐらいだ。あの美食で有名なバスクの人が美味しいというのだから間違いない。

 

コーンスープに限らず、日本のオリジナル洋食のクオリティーはとても高いのに海外では日本食と言えばすしを中心とした和食ばかりなのは残念だ。まぁ、そんなことを言ったら日本もスペイン料理と言えばパエージャばかりなのでどっちもどっちか。

 

その国に行かなければ食べることが出来ないものがあるからこそ旅をする意義があるってものである。