スペインに惚れました

10年暮らした愛しのスペイン私の独断と偏見に満ちた西方見聞録

距離感

スペインで暮らしている頃「なぜスペインに来たのか?」と現地の人に聞かれることが何度かあった。まさに「Youはなにしに?」だ。TV番組を見てる分には楽しいが、質問される側になると面倒くさい。

 

スペイン人にとって「家族も知り合いもいない土地になぜ独りでやって来たのか?」という点は非常に興味深いテーマのようだった。一年や二年の留学ならばまだしも何年も家族と離れて暮らすなんて耐えられない!とよく言われたものだ。しかも「独りで」なんて考えられないと言う。

 

スペイン人は寂しがり屋さんが多いので常に誰かと行動を共にする。家族と、恋人と、友達と。したがってお一人様天国の日本とは違い一人行動がなかなか難しい。

例えば、私の友人で映画を一人で見に行ける人は誰一人いないし、クリスマスを一人で過ごせる人もいない。寂しいと死んでしまうウサギのようだ。(実際は寂しくても死なない所も似ている) 一人行動ができない訳ではなく、したくないのだ。たぶん話し相手がいないと生きていけない人種なのだと思う。したがって、電話でのやり取りも異常に多いのだ。

 

スマホが普及する以前、日本との連絡手段はメールか電話だった。その頃会社で、どのくらいの頻度で日本の家族と電話で話すのか?という話題になり「二週間に一度くらい?一か月に一度なんてこともある」なんて答えると「えー!信じられない!私だったら毎日電話する!」と言って大騒ぎになった。

実際同僚は同じマドリードに住んでいる家族と毎日電話で話している。よくもまぁそれだけ話すことがあるものだ。何を話しているのかと傍にいって聞き耳を立ててみると話の内容はその日に食べたお昼のメニュー(取り立てて変わったメニューではない)や、帰宅予定時刻(毎日定時で帰っている)など至ってどうでもよい中身のない内容ばかりだった。しかし、食後の電話は彼女たちのルーティーンらしく、特別なことがなくても電話で話さないと気が済まないようだ。

 

特に同僚がお気に入りだった私と家族のやり取りは、年一回夏休みで日本に帰った時の空港での家族とのご対面だ。久しぶりに会う家族ともなれば感動の熱い抱擁を交わすのがスペインでの常識だが、私の場合は「よっ!」と片手をあげるのみ。私も家族も純日本人なので当たり前の光景だと思うのだが、このやり取りを説明すると同僚は大爆笑。「信じられなーい!一年ぶりに会うのに、よっ!ってなんだよー!!!」とつっこまれるのだ。

 

同僚が私と家族のスキンシップの薄さに驚愕するのにはそれなりの理由がある。

スペインに居る時の私は、スペイン人並みのスキンシップを繰り広げる熱いラテン気質が憑依している為、人に会えば頬にチュッチュとキスをし、プレゼントをもらえば大げさに抱擁を交わす。一年ぶりに会う日本の家族には触れもしないのに、夏休み明けの同僚とは抱き合って再会を喜ぶのだ。こんなに熱い女が日本の家族とはスキンシップを取らないなんて信じられないと言うのだが、こればかりは仕方ない。

対日本人となると自動的に頭のチップが切り替わり、対人距離感が日本仕様に変わってしまうのだ。好きとか嫌いとかの問題ではない。しかし何度説明してもこの感覚はスペイン人にはなかなか理解してもらえなかった。

 

ちょっと困るのはスペインに住んでいる日本人とのスキンシップだ。ラテン女が憑依しているのでつい両手を広げてしまうのだが、日本人と認識したとたん頭のチップが切り替わり、手のやり場に困ってぎこちない挨拶をする羽目になってしまう。なんとも気恥ずかしい瞬間だ。

たまに私と同じくラテン人が憑依している日本人がいて、彼らとはあまり違和感なくがっちり抱き合いながら挨拶を交わすことができるので有難い。

 

私の家族にもラテン人が憑依してくれれば躊躇なくスキンシップが取れるのにと思うが、母はともかく父には到底無理な相談だろう。