昔マドリードのレティーロ公園で開催されたFeria del libroでアルバイトをした。
15日間に渡りレティーロ公園の一角にたくさんのテントが並ぶ恒例のブックフェアだ。
スペイン版の紙芝居を取り扱っていた地方の出版社がマドリードのフェリア出店に向け、紙芝居の発祥の国の日本人をスタッフにして目を引こうとしたのが私たち(私の他にあと二人の日本人女子)が雇われた理由であった。
15日間(中一日だけ休み)のわりに給料はなかなか良かったと記憶している。
出版社が私たちに求めるものはただ一つ、自前の浴衣を着て働いてほしいという事だけだった。
浴衣を着て紙芝居を売る。
とりあえず人目を引くことがこの仕事の最大のミッションのようだ。
ただこの目論見は失敗に終わった。
まず、ブースの中で浴衣を着ていてもたいして目立たないのである。しかも私も他のスタッフも小柄だったため積まれた本などで胸あたりまで隠れてしまう。仕方なく簡易でお立ち台を作りかろうじて帯が見えるくらいまで
底上げしたものの、目立たないことに変わりはなかった。
次に、なぜ日本人が浴衣を着てスペインの出版社のテントで働いているのか誰にもわからないのである。
紙芝居=日本という概念もなければ紙芝居自体もそれほど認知されていないのだ。
しかも、紙芝居の枠と中身を販売しているのだが、肝心の物語はまるで日本と関係のない話なのだ!
これでは、せっかく私たちの顔立ちと浴衣で日本だと認識して立ち寄ってくれたお客さんでも買うものがない。
そしてターゲットだと思われる子供連れの客は浴衣のせいでなかなか近寄ってくれない始末だ。
このままではやばいと判断され外にでて順番に呼び込みをすることを命じられたのだが、ブースから出ると一気にただの客寄せパンダ感が増してくる。
マンガフェアでもあるまいし、コスプレまがいの浴衣を着た日本人がこんなところで呼び込みすれば確かに目は引く。が、私の30m先にはスパイダーマンが風船を売っている。私の立ち位置はもはやあれと同じではないか。
しかも、同志だと思っていたスパイダーマンはその後警察に連行されてしまった。
マスクをはがされ連行されていくスパイダーマン。
私も客引き(違う種類の)だと思われて連行されたらどうしよう!とやたらと挙動不審になる私であった。
結局15日間を通して一番説明したのは紙芝居の内容や使い方ではなく、なぜ日本人が浴衣を着てここにいるのかということだった。
来る日も来る日も私たちは紙芝居と日本の関係を説明し続けた。そして説明すればするほど日本の物語は販売していないのか?と尋ねられた。
そりゃそーなる気持ちもわかるわかる。
例えるならば、日本でフラメンコの衣装を着たスペイン人がカスタネットはスペインが発祥なんだよと言いながら、日本の曲や他の国のカスタネットの楽譜を売っているようなものである。
もはやスペイン人である必要もフラメンコの衣装を着ている必要もない。なんならスペインが発祥だとゆーうんちくすらいらない。
私たちがやっているのはこれと一緒。
(例える必要もなかったけど、例えてみた。そして例えてみて一人で上手い例えだと満足している)
しかし、私たちはめげずに15日間浴衣で紙芝居を売り続けた。
「初志貫徹」である。
微力ながらも多少の売り上げには貢献できてよかったと思う。
浴衣を着て目立っていたおかげで周辺のテナントの人からも色々話しかけられ人気者だったし、予定通りのお給料もきちんと頂けたしと、私としては大満足なバイト経験となった。