スペインに惚れました

10年暮らした愛しのスペイン私の独断と偏見に満ちた西方見聞録

レインボーカラーの書店と一人芝居

マドリードでは毎年この時期にLGBTのプライド祭りがある。スペインは同性婚が認められている数少ない国の一つであり、マドリードの祭りはその界隈ではとても有名だ。

 

私がマドリードで最初に働いた店はLGBTの人々が多く集まることで有名な地域だったのだが、グラナダから上京してきたばかりだったのでそんな情報は全く私の頭には入っていなかった。

面接の日、日本人気質が抜けない私は約束の時間の30分前には店に到着していたのだが、ここはスペイン。30分も前に店が開いているはずもない。

どこで時間を潰そうかと店の周りを見渡すと、一軒のお洒落な書店が目に入った。書店と言うのは世界共通で時間潰しに最適な場所だ。

本屋さんは好きだが、その頃の私の語学力ではまだスペイン語の本を読破するほどの力はなかったので本の表紙をただ眺めながら店内をぶらつくことにした。

ふと、誰かの視線を感じる。なんだか居心地が悪い。映画のDVDのコーナーがあったのでそこでDVDを物色しているふりをして視線の元を確認すると一人の女性がじっとこちらを観察しているのだ。アジア人が珍しいのだろうか?DVDに集中して視線を無視することに決めたのだが、よく見るとDVDの品揃えが独特だ。

マイ・プライベート・アイダホ

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ

プリシラ

ボーイズ・ドント・クライ

などなど。どれも私が好きな映画には変わりないが、よく考えてみればこれらの作品はすべてLGBT系だ。

はっとして店内を見渡してみると書籍もLGBT系で埋め尽くされているではないか!ここは、もしや、その筋の専門店!? となると先ほどから感じている視線にはまた違った意味合いが含まれている可能性があるのではないか?

ボーイズ・ドント・クライ」の映画の内容を思い返しながら涙ぐんでいる場合ではない。

 

時計を見ると面接の時間まであと10分。店に視線を向けてみると、先ほどまではシャッターで閉まっていた扉が半分開いている。誰かが来たようだ。しかし、急いでこの場から逃げ出すのはなんだか失礼なので少しずつ少しずつ入口に向かって移動することにした。そして最後は掛かっても来ていないのに携帯に電話が来たふりをして店から出る作戦を実行し無事に本屋を後にすることができたのだ。

 

「掛かっても来ていない電話が掛かってきているふり」をするのはこれが人生で二度目であった。

 

忘れもしない一度目は日本で一人暮らしをしていた20代の頃のこと。

給料日の前日に友だちと飲みに行った帰り道、ご機嫌で翌日の朝ごはん用の食パンを買おうとコンビニに寄った。夜中のコンビニには人っ子一人おらず、店員さんは入店した私を確認するとバックヤードから出てきてレジで待ち構える態勢に入っていた。

食パン片手にルンルンと店内を物色していると、突然唐突にさっきの飲み会で残金をほぼ使い果たしたことを思い出したのだ。確か、財布の残金は105円。

私が手にしている食パンは180円。

お金が足りない。

しかし、店員さんは今か今かと私がレジに来るのを待ち構えている。しかも私自身もレジへ向かって歩み始めてしまっている最中だ。

この危機的状況を回避するために私が取った行動が、他でもない「掛かっても来ていない電話が掛かってきているふり」作戦だった。

店員さんの視線を感じつつ、バイブが鳴ったふりをし、「お疲れー。あー、今コンビニ。えっ?何?ちょっと待ってコンビニ出るわ」などと一人芝居を必死に繰り広げ私はコンビニから脱出することに成功したのだ。

 

まさかそれから数年後に日本から遠く離れた異国の地でまた同じ作戦を実行して店から逃げるようにして去ることになるとは夢にも思わなかった。