砂糖と11歳の誓い
私はコーヒーにミルクは入れるが砂糖は入れない派だ。
11歳の時にコーヒーに入れるのはミルクか砂糖のどちらか一つに決めなければならないとなぜか思い立ち、ミルクを選択したのだ。今思い返しても何故あの時ミルクか砂糖かの二択を自分に突きつけたのかまるで覚えていない。
ただ「コーヒー+ミルク」と「コーヒー+砂糖」を飲み比べて慎重に決断を下したことだけは鮮明に記憶している。
子供ながらに何か思うところがあったのだろう。
スペインではコーヒーに砂糖を入れるのは当たり前で、コーヒーのわきに添えられる砂糖の袋もビックサイズだ。人によっては一袋では物足りず二袋入れる人もいる。世界的に見てもコーヒーに砂糖を入れて甘くして飲む人の方が圧倒的に多いと思うのでコーヒーの飲み方としては砂糖入りが正しいのだろう。
したがって、スペインでコーヒーを頼むときに「砂糖いらない」と告げると一瞬怪訝な顔をされるのだが、私は11歳の時の自分の選択に忠実に生きているので今でも砂糖は入れない。
日本食レストランで働いていた頃、日本人の板さんがまかないでコーヒーゼリーを作ってくれたことがある。
11歳の誓いを守っている私はコーヒーゼリーに生クリームだけたらしガムシロップはあえてかけなかった。
「わーい!美味しいー!」とほほを緩めた私を横目で確認し、毒味完了とばかりに同僚のフィリピン人たちが食べ出したのだが、「にがっ!!なんじゃこりゃ!」と言ってまるで騙された被害者のような形相で私を睨んでくるのだ。
睨むなら私じゃなくて板さんを睨んでほしい。
「甘くないコーヒーなんてコーヒーじゃない。デザートなのに甘くないなんて信じられない!なんだこれは!薬かっ!」とそれはもう大不評であった。ガムシロ入れれば甘くなるよと教えてあげたのだが、詐欺軍団の手下扱いを受け「お前の言うことは信じられない」と一夜にして信用を無くしてしまった。
砂糖で思い出したが、スペイン人の友達にすき焼きが甘くて苦手だと言われたことがある。生卵が嫌だと言われる覚悟はしていたが、甘いから嫌だと言われるとは思ってもみなかったので驚いた。
「デザートなら甘くていいが、料理に砂糖を何故入れるのだ?」という彼女。確かに日本食はかなり頻繁に料理に砂糖を使う。料理の基本「さしすせそ」の「さ」が砂糖だもの。特に和食には必ずと言っていいほど砂糖が入っている。すき焼きも照り焼きも、煮物も。甘じょっぱい味付けは和食の王道なのだろう。寿司の酢飯にまで砂糖ががっつり入っているではないか!
しかし、生れた時から身近にある味付けの為なんの疑問も抱かずに今日まで生きていた。
それに引き換え、代表的なスペイン料理のレシピに砂糖の文字は刻まれない。スペイン料理の基本調味料は塩とオリーブオイル。プラスでニンニクやパプリカパウダー、トマト、ハーブなどだ。
しかし、メインの食事で糖分を摂取しない分デザートやコーヒーでがっつり糖分を補給することも決して忘れない。殺人級に甘いデザートが存在するのは必然だったのだ!
スペイン料理をたらふく食べた後に無性に甘ったるいコーヒーが飲みたくなるのもきっとこのせいだ。
しかし、コーヒーに砂糖に入れる時、私はなんだか後ろめたい気持ちになる。
11歳の誓いと甘いコーヒーの誘惑の間で揺れる乙女心。
意外と子供の頃の決意って人生を左右するのだなと考えさせられる瞬間であった。