スペインに惚れました

10年暮らした愛しのスペイン私の独断と偏見に満ちた西方見聞録

長距離バスと不躾な視線

セビージャに住んでいる頃、友達と長距離バスでマドリードへ遊びに行った。セビージャからマドリードまではスペイン版新幹線のAVEを使えば2時間半であっとゆー間に着くが料金が高い。当時貧乏学生だった私たちには金はないが時間だけはたっぷりあったので6時間かかる長距離バスでマドリードへ行くことにしたのだ。

 

スペインのバスはスペイン国内ほぼほぼ網羅していてとても便利だ。値段も安いし便数もたくさんある。

 

バスが出発してしばらくたったころ座席の異変に気が付いた。カーブに差し掛かると座席が「カッ」と少し横にずれるのだ。よくわからないが座席がきちんと固定されていないようだ。しかしカーブ以外では全く問題がないので私は問題を放置することにした。なぜならバスは満席なので座席の不具合を訴えたところで他の席へは移れない。他の席へ移れないのであれば問題を訴えても仕方ないってものである。

多少の不具合があるものの、座り心地は決して悪くない。

 

気が付くと、時より不気味な歌声のようなうめき声のようなものが聞こえてくる。

声の出所を探してみると私たちより前の席でイヤホンを装着していると思われるおねえちゃんの頭が気持ちよさそうに左右に揺れていた。左右に揺れる頭と同じタイミングで聞こえてくる不気味な歌声。

間違いなく声の主は彼女だ。

彼女の席は中央出口のすぐ後ろなので出口のステップ階段の手すりに足を乗せ、なんとも気持ちよさそうだ。

何の曲なのかはわからないが、讃美歌のようにもオペラのようにも聞こえる。

 

歌っている彼女の様子を見たくて頭を通路に傾けると、彼女の席よりもっと前方に座っていた子供が体全体を後ろに向け、がっつりと彼女を見つめていた。

真正面から食い入るようにじっと他人の顔を見る子供。

他人をじっと見る行為は「不躾だ」と教育を受け、大人になっても恐る恐るチラ見しかできない小心者の私にはできない芸当だ。

 

そうこうしている間にバスは山道へ突入した。右に左にくねくね曲がるのが山道である。

すっかり忘れていたが、私の座席はカーブが来るたびに若干横へずれるのだ。

 

カーブの度に「カッ」と鳴る座席と放り出されそうになる体。

前方から聞こえてくる怪しい歌声。

そしてその歌声の主をじっと見つめる子供の顔。

 

このカオスの状況に笑いが止まらない私たちだが、子供の目線から見てみると、気持ちよさそうに怪しい歌を歌う女の後ろでカーブの度に体を左右に揺らしながら大笑いしているアジア人がいるわけだから、そりゃ目が離せないに決まっている。

 

今思い出してもあの時のバスの車内はカオスだった。

 

 

それからずいぶん経ち私の感性もスペイン人並みに図太くなった頃、現地の友達とマックで並んで話していたら前にいる男から思いっきりガン見された。ガン見されたのでこちらからも思いっきりガン見し返してやった。チラ見しかできなかった小心者の私はもういないのだ。

じっと見つめあう二人。これが少女漫画なら恋に落ちるところである。

しかし、私たちは見つめあっているのではなくガン見しあっているのだ。

すると変な空気を感じ取った友達が「なに見てんのよ」と男を追っ払ってくれた。さすがスペイン人女子は強い。友達が男なら惚れているところだ。

 

それにしてもガン見はスペイン人の得意技だ。子供に限らずスペイン人は興味のあるものから目がそらせない性分のように思う。びっくりするぐらい真正面からガン見する。

この場合のガン見とは「じろじろ」「しげしげ」「まじまじと凝視する」ことであって、昔のヤンキーのような「ガンとばし」とは一線を画すものだ。

別にケンカを売られているわけではないので私のようにガン見し返すという行為は正解ではないのであしからず。