スペインに惚れました

10年暮らした愛しのスペイン私の独断と偏見に満ちた西方見聞録

母のひとり旅

私の母は三度スペイン旅行に行ったことがある。

 

一度目は娘(私)と初めての母子二人での海外旅行。

二度目は友だちとツアーに参加し、ついでにスペイン留学している娘(私)に会いにやってきた。

 

子供(私)が成人した頃から母のフットワークは軽くなっていった。もともとミーハーな性格なので海外には興味津々だったようだ。しかし母とは違い父はまるで外国に興味がない。娘がスペインへ留学に行くと行った時、「スペインはイタリアのどこだ?」と聞いてきたほどである。

そんな父はほっといて母は仲の良い友だちと海外旅行にどんどん行くようになった。

 

私が一人暮らしを始めたばかりの頃、北海道に旅行することを実家にも事前に知らせておいた方がいいだろうと思い飛行機の便名やホテルの連絡先などを手元に用意して母に電話をした。

「来週スノボーしに北海道へ行ってくる!」と少々自慢げに言ってみたのだが、

「あっそう、いいじゃない!お母さんは焼肉食べに韓国に行ってくるわ」と返された。

娘を超えてくる回答だ。

一見大人しそうに見えて時々予測不能な行動を取るので気が抜けない。

そして母にとって一番の大冒険が三度目のスペイン旅行だろう。

 

三度目のスペインは思い付きで決めた60歳にして初めての一人旅だった。

年末に父とケンカをした母は勢いでスペイン行のチケットを買い一月一日に一人でスペインへやって来たのだ。

 

その当時、スペインへの直行便はなかったので母はパリで飛行機を乗り換える必要があった。

しかも今回はツアーではなく個人旅行だ。スペインにさえ着いてしまえば私がいるので何とかなるが、パリの空港では助けられない。

「とにかく困ったら飛行機のチケットを見せて日本語でいいから聞きまくれ」とだけアドバイスを送る。

外国は子供と老人には優しいはずだし困っていたら誰かしら助けてくれるだろう。

そわそわと心配しながら到着ゲートで待つ私のもとへ満面の笑みを浮かべた母が近づいてくる。

「お母さん一人で来れたわよ!」と顔はいやに得意げ。60歳というより褒めてもらいたい子供のようだ。

長旅で疲れているはずなのにアドレナリンが出まくっているのか目はらんらんとしている。

 

一月一日に到着して七日に帰るという短い日程だったが、マドリード以外の都市に行く必要がないため正味五日しかなくても意外と充実できた。

ツアー旅行とは違うスペインの雰囲気や、娘のスペインでの日常生活が垣間見れて母は大満足のようだった。

スペインの洗濯機の時間のかかりっぷりに仰天したり、市場での果物の安さに感動したり、スーパーのレジ係が椅子に座ったまま接客している姿に驚いたりと、いちいち全てが楽しそうだった。

 

「家に着くまでが遠足」とはよく言ったもので、旅は最後まで気が抜けない。

楽しかった日々も終わり母が日本へ帰る日がやって来た。

マドリードの空港で母の搭乗手続きを手伝っていると、

「大雪のためパリでの乗継便が欠航となったので次の12時間後の便で日本に帰って下さい」と言われる。それならばパリ行の便も遅らせてもらおうかと思ったが、マドリードからパリまでの便は問題ないので却下された。12時間パリの空港で独りとは、なかなかな試練だ。

独りでスペインに来れたことに満足している母は調子に乗って

「空港に12時間いればいいんでしょ?問題ないわよ」と何故だか急にたくましくなって去って行った。

 

そわそわ落ち着きなく仕事をしているとパリに着いた母から電話が入る。

「パリは本当に雪降ってるわ~。たくさんお店があるからウロウロして時間潰しまーす!」とやたらと呑気な電話だ。やはりおばさんは肝が据わっている。携帯の充電がなくなりそうだからもう電話できないかもと言われていたのだが、数時間後母から電話が入った。

「充電できる場所見つけて携帯充電したの」と嬉しそう。しかも居心地のいいソファーがある部屋らしい。その部屋にどうやって入ったのか聞いてみると、スーツを着た日本人が入っていくので後を追って入ってみたらとても居心地の良い空間が待っていたとのこと。

 

・・・。そこってラウンジでは?

 

こうなったら誰かに追い出されるまでしれっとそこに居座るのが得策である。

暖かく居心地の良いソファーに居られるだけ居座りなさいとアドバイスをし、母の無事を祈る。

 

そして結局、母は誰からも咎められることもなく12時間の独りトランジットを乗り越えて日本へ帰っていったのであった。

これが母60歳にして初めての独り海外旅行の思い出である。

 

私の初海外一人旅の思い出を綴ったブログはこちら

 

tokiotamaki.hatenablog.com