パラグライダー体験/Parapente
グラナダで暮らしていた時、日本に帰国する友達が最後の思い出にパラグライダーをやりたいというので知り合いを通じて体験できる店を紹介してもらった。
確か二人で150€ぐらいだったと記憶している。(十年以上前) グラナダの物価の安さの中で一人75€の出費は痛かったが、こんな時でもない限り体験することもなさそうなので友達に便乗して挑戦することにした。
近所の広場でピックアップしてもらい山へ向かう。
残念ながらどの山なのかまったく覚えていない。覚えていないというより全く覚える気もなかったので覚えていなくて当たり前だ。
美味しいレストランに行ったよ!と得意げに答えるもののレストランの名前も、住所も全く言えないような女なのだ私は。
ともかく、車は山へ入り無事に離陸ポイントに到着した。到着したが、インストラクターが「風がない」と落ち込んでいる。
予約の時からパラグライダーは風が重要で自然相手なので天候次第で中止になったりする場合もありますと言われていた。それがまさに現実になっているようだ。
とりあえず準備だけはしておいて風を待とう!ということになり黙々と準備を始める。体重を聞かれ、重さ調節のためにその辺の石をリュックに詰められる。
インストラクターと一緒に飛ぶタンデム飛行のため事前の説明はとても簡素だ。
その時が来たら斜面を駆け下り離陸するということと空中での姿勢についてのみ。あとは約20分のフライトを楽しめ!とそれだけ。
どのくらい風を待っただろうか?インストラクターが今日はもう無理かもしれないから明日出直すか?と言いかけた時、待ちに待った風が吹き始めた!
「今だー!立てー!走れー!」と突然言われ、なんの心の準備もできないうちに走り出す。走り出すといっても二三歩地面を蹴っただけで体はすぐに風に乗り空へと飛び立っていた。
欲を言えばもう少し前置きが欲しかった。
「いやよいやよ」「怖い怖い」「押すな押すな」はこの手のアクティビティを盛り上げる重要な要素だ。怖がったりした後に勇気を出して踏み出す一歩にこそ恐怖を克服した達成感が得られるのというものではではないか!
なのに、「今日は中止かなぁ?夕飯何食べようかぁ?」などとボーっとしている時に急に立たされ、走らされ、三歩後には既に体が浮いている状況になってしまった。
しかし、楽しい前置きがなかったとしても飛び立った後に味わった感動は最高だった。
地上から見ている時より上空はゆったりした時間が流れ、高さによる恐怖もまったく感じなかった。後ろにいるインストラクターがすべてコントロールしているので私はソファに座ったような姿勢でただただ風に身を任せて空の青さと眼下に広がる景色を眺めるだけだ。
むかし沖縄でスキューバダイビングを体験したことがあるが、パラグライダーとは対照的に怖かった思い出しか残っていない。なによりも自分の息づかいしか聞こえない世界が怖かった。ゴムの匂いが不愉快な空気ボンベや顔にへばりつくゴーグル。いつまでも消えない耳の圧迫感がここは人間が生きる世界じゃないと私に訴えかけ、二度とスキューバはやるまいと私に決心させたのだ。
しかし、パラグライダーは恐怖のきの字も私に感じさせなかった。
空は広く青く、風も穏やかでとても気持ちのいい空気に包まれていた。
まるで鳥になったみたいだ。
鳥になったみたいだと私が感じた同じ瞬間、私の思考を読み取ったようにインストラクターが「鳥になったみたいだろう?!」と声を掛けてくる。
「本当だわ。鳥になったみたいだわ!」と喜んでいたのだが、インストラクターの「鳥になったみたいだろう」攻撃は収まらない。「Sí!!!」と同調したのにも関わらず、何度も何度も言ってくる。インストラクターは真後ろにいるので私の返事が聞こえないのかな?と思ったがそうではないっぽい。もはや「鳥になったみたいだろう」は私に向けられている言葉ではなく、興奮したインストラクターが勝手に呟く独り言なのだ。
初めてのパラグライダーに感動している私より興奮しているインストラクター。
後半は景色云々よりどうやったらこのインストラクターの口を塞げるだろうかという事だけを考えていたような気もする。
とはいえ、初めてのパラグライダー体験はこの上なく素晴らしい体験となった。
機会があれば日本でももう一度挑戦したいものである。