スペインに惚れました

10年暮らした愛しのスペイン私の独断と偏見に満ちた西方見聞録

常連の試練

スペインのバルはいつ行っても人で賑わっているのだが、特に混む時間は午前中の11時前後だと思う。

周辺の会社員や近所の人々が朝食を食べにバルへ殺到するためだ。

 

日本と違いスペインでは朝食をしっかり家で食べてくる習慣がない。

起床後はコーヒーとクッキーだけだ。

そして11時前後の朝食タイムにコーヒーとパン類(トースター、クロワッサン、チュロス等)を食べにバルへやってくるのである。

 

バルのカウンターは近所で働いている人で溢れかえるが、滞在時間は15分から30分と短く入れ替わりが激しい。

 

日本の立ち食いそば屋並みの忙しさと回転率。

 

この時間のバルの従業員の働きっぷりは素晴らしく、実にテキパキとスペイン人のイメージとはかけ離れた動きをする。

常連になると顔が見えると同時に好みのコーヒーを淹れてくれたりするのだが、スペイン人のコーヒーに対するこだわりは非常に強く、ミルクの温度など注文は多岐にわたるため覚えるのはなかなか大変だ。

良いバルの店主はかなりの数の常連の注文を暗記しているのが凄い。

 

私はコーヒーやお茶に砂糖を入れないので、毎回注文する時に「砂糖はいらない」と言っていた。

ある日、カウンターに着くと何も言わずに砂糖なしのコーヒーが私の目の前に置かれる、見上げると店主が「砂糖なしだよな?」とウィンクしてきた。

何度も繰り返すうちに店主は「砂糖なしの子」として私を覚えてくれたのだ。

常連と認められた瞬間だった。

 

スペイン人は比較的「いつもの」同じものを好んで食べる傾向が強い。

したがって、常連になれば「いつもの」ものが黙っていても出てくることになる。

が、私はその日の気分によって違う飲み物が飲みたくなったりする。

それが人間というものだ。

 

胃の調子が悪かった日、「今日はマンサニージャ(カモミール茶)を注文しよう!」

と心に決めてバルへ入った。

それなのに、カウンターにたどり着いた瞬間に満面の笑みでコーヒーを出された。

こんな得意げな顔をした店主に「今日は違うものにしたい」などと言う勇気は私にはなく、弱った胃に負担をかけながらコーヒーを飲み干した。

 

また別の日、「今日はなんだか紅茶気分」と思ったので、今度こそ店主が私のコーヒーを淹れる前に注文してやろう!と決意しバルへ向かったが、結局この日も私の注文より先にコーヒーが出てきてしまった。

好きな飲み物も飲めないなんて。情けない。

しかもたちが悪いことに、善意でなされていることなので怒ることもできない。

もう完敗だ。

 

どうやったら先に注文できるのだろうか?

コーヒーを飲みながら敵(店主)の動きを観察してみる。

よく見ていると、バルの入り口の横の窓をじっと見つめる店主。

そして常連が窓を通りすぎ店に入ると同時に後ろを向いてコーヒーをセットし始めているのだ!

なんという早業だろうか!

これでは勝てない。

 

そこで私が考え出した方法は、同僚の後ろに隠れて入店し、

カウンターでひょっこり顔を出し、店主が私の顔を確認する前に注文するというやり方だ。

紅茶を飲むだけなのに何故こんな思いをしなければならないのだろうか?

と多少疑問は感じるが、店主のプライドを傷つけずいつもとは違う注文をする為には仕方ない。

常連ゆえの気苦労だ。