スペインに惚れました

10年暮らした愛しのスペイン私の独断と偏見に満ちた西方見聞録

バス

10年スペインで暮らしたが、実現できなかった憧れがいくつかある。

 

その一つが「市内バスの運転席の横で運転手と世間話をする」である。

 

スペインで暮らした人ならわかると思うのだが、スペインのバスではよく運転手と乗客がおしゃべりしていることがある。

よく観察してみると、

「たまたま乗り込んだバスの運転手が知り合いだった」パターンと

「知り合いが運転していることを知っていて、あえて乗ってくる」パターンの二通りがある。

出来るなら両方のパターンをやってみたい。

 

運転手は勤務中だが、そこはお構いなし。

「たまたま」の場合は比較的軽めな近況報告などの会話が繰り広げられるが、

「あえて乗ってきた」場合の会話はもっと興味深い。

個人情報満載の会話を公共の場で繰り広げるのだ。

 

私は市内バスが好きで、多少時間が掛かってもメトロではなくバスを利用することがよくあった。

バスの中はメトロの中より濃厚な世界が繰り広げられる気がする。

一つの路線の始発から終点まで乗ると色々な人間ドラマが見れたりするのだ。

 

急に雨が降り出した午後、信号待ちで止まっているバスの中から通りを見るとスーパーのレジ袋を頭にかぶっているおばあちゃんがいた。

 

レジ袋といっても小さいサイズの袋のため、頭がすっぽり入るわけではなく、辛うじて頭のてっぺんが入っているだけだ。

小さなレジ袋が雨からおばあちゃんを守っている面積は異常に小さく、顔や体は雨にぬれていた。

 

もっとおばあちゃんを見ていたかったが、信号が変わってしまいバスが動き出してしまった。

それでも私の目はおばあちゃんに釘付けで、おばあちゃんが見えなくなるまでバスの中から見続けていた。

気が付くと隣の女性も私と同じ体勢でバスの外を凝視している。

 

日本だったらこの場合、幻をみたと思い込むことにして忘れるか、一人で笑いをこらえるしかないが、

「今の見た?」と見知らぬ隣の女性が話しかけてきてくれたので、二人で大爆笑することができた。

 

このバスに乗ってこの偶然に遭遇できた奇跡に感謝だ。

 

夜のバスもまた味わい深い。

平日の深夜、冬のマドリードでの出来事。

 

マドリードはメトロが終わった後も深夜バスなるものが運行している。

シベーレス広場から出発する深夜バスに乗り込みボーっと外を眺めていると、なにやら「うぉーーーーー!」と言う奇声が聞こえてきた。

びっくりして奇声が聞こえてくる方向を見てみると、全裸にスニーカーだけを履いた若い男子が猛ダッシュで駆け抜けて行ったのだ。

呆気にとられていると、今度は全裸男子のものと思われる洋服を両手で持ち大笑いしながら全裸男子を猛追する女の子。

 

そして再び訪れる深夜の静けさ。

その後その二人を追随する人は現れなかった。

 

今のは幻だったのだろうか?

「ビニール袋おばあちゃん事件」の時のようにこの出来事を共有できる人を車内で探してみたが、飲食業界の仕事帰りと思われる疲れ果てた人々が乗るこの深夜バスは、この出来事を楽しく共有するようなのどかな雰囲気ではなく、逆に全員が「(あんな幻を見るなんて)疲れているんだな」と己のメンタルを顧みる時間となってしまった。

 

深夜の冷たい空気とオレンジの街灯。

駆け抜けてゆく全裸男子。

 

青春の一ページか、はたまた幻覚幻聴の始まりか。

 

そんなことに思いをはせる深夜バスの出来事であった。