スペインに惚れました

10年暮らした愛しのスペイン私の独断と偏見に満ちた西方見聞録

ケチャップ

ある日友だちが彼氏とケンカをしたといって我が家へやってきた。

予定では彼女はその日、彼の家で手料理を振る舞うはずだった。

 

料理を作る約束をしたものの、料理が苦手な彼女。

日本のお母さんに相談した結果、簡単に作れる「エビチリ」レシピを教えてもらった。

 

素材の買い出しに彼と一緒にスーパーに行くことになったのだが、そこで事件は起こった。

彼女がケチャップを手に取った途端、

「ケチャップなんて邪道なものは買うな!」と彼が怒りだしたのだ。

彼は大のアメリカ嫌い。

アメリカ、アメリカ人、アメリカ文化のすべてが嫌い。

 

スペインにきて気づいたが、思いのほかアメリカは嫌われ者だった。

私はアメリカンカルチャーに洗脳されて育ってきたので、まさかここまでアメリカが嫌いと公言する人が多いとは思っていなかった。

しかもヨーロッパで。

 

残念ながら彼女は料理が得意ではないため、ケチャップを買わずしては「エビチリ」が作れない。

今なら簡単にネットで「エビチリ ケチャップなし」で検索すればケチャップなしのレシピがたくさん出てくるが、スマホ普及前のあの時代、スーパーで突然そんなことを言われても対応できない。

 

最初は困っていた彼女だが、困惑はどんどん怒りに変わっていく。

アメリカが嫌いだからってケチャップ食べないの?」

「ケチャップ食べたらアメリカに負けるの?」

「だいたい、私が今から作ろうとしている料理は中華なんだからいいでしょう!」

と彼に詰め寄るが

「中華ならケチャップなんか使わなくても作れるはずだろ!アメリカの代表産物なんか絶対食べたくないし、ケチャップにお金は出さない」

と彼も一歩も引かない。

 

のどかな土曜のスーパーで勃発するケチャップ問題。

結局、ケチャップからケンカはどんどん発展してゆき彼女はスーパーから飛び出し、彼を置いて我が家へやってきたのだった。

 

まさか、ケチャップ一つでこんなことになるとは。

 

因みにケチャップはスペインで「Kétchup」と表示される。

スペイン語でKから始まる単語はほぼ外来語。

読み方は「ケチュ(ッㇷ゚)」発音がかわいい。

この時もケンカの内容より「ケチュ、ケチュ」言っている感じがかわいくて笑ってしまった。

 

アメリカが嫌いだからケチャップを食べない彼は確かに変わり者だが、ケチャップが体に悪いと思っているお年寄りも意外に多い。

もともとスペインには酢が入っていないトマトソースがあり、ケチャップは後から来た外来品だからだ。

しかもファストフード店とケチャップがセットになって頭の中でごちゃまぜになっているらしく、体に悪いと言い張る。

「ケチュなんて食べてないで、私が作ったサルサデトマテ(トマトソース)を食べろ!」

と一瓶もらったことがあるが、確かにとてもおいしかった。

やさしくてトマト本来の味が味わえる。

 

が、ケチャップとは別物。

「ジャンクな食べ物はジャンクなソースで味わいたいな」

と心の中でひそかに思った私であった。