スペインに惚れました

10年暮らした愛しのスペイン私の独断と偏見に満ちた西方見聞録

大きな声で元気よく

大きな声では言えないが、私は決して頭の良い子ではなかった。

学校での成績だって別に良くなかったし、英語に至っては見るも無残な完敗状態だった。まず、英語が読めない。アルファベットを習ったのは覚えているし、筆記体も書ける。が、単語になったとたん読み方がわからない。ローマ字読みではないことは知っているのだが、その法則を教えてもらった記憶がない。法則がわからないから先生が言った言葉を聞いて覚えて暗記するしかない。でもあのなんだか気恥ずかしくなるような発音。口の中で舌をどこにつけて発音するとか、唇を噛むだとか言われても全く上達しなかった。そんな中高の英語教育で苦労していた私を知っている友人はその後私が海外で10年も暮らしたと知った時心のそこから驚いていた。

 

英語の発音や読み方に苦労していた私がスペイン語に出会った時の感動は今でも忘れない。

初めて団体ツアーでスペインに行ったとき、旅行用の簡単なスペイン語説明書を参考に現地で買い物をしてみたら通じたのである。単語をそのままローマ字読みして恐る恐る伝えると、現地のお店の人はぱっと笑顔になって「スペイン語話せるのか!」と喜んで早口で色々畳みかけるように話しかけてきた。さすがに全く何を言っているのかはわからなかったが、スペイン人との会話が成立したように思えて感動した。(会話が成立したとは言いがたいが) そして単純な私はスペイン語を勉強してみようと思ったのである。そう思うとあのおばちゃんが私のその後の人生を変えたといっても過言ではない。

 

そんなスペイン語であっても厄介なのは電話だ。外国語で苦労することの上位1、2を争う難関度だと思う。(現地人の書く手書きの手紙も難関度が高い)。対面で会話をする時はその場の状況や相手の顔、ジェスチャーによって話の内容を推測することができる。相手の口の動きも見えるし、何より相手には私が見えるわけだから外国人がスペイン語を話しているんだと認識させられる。私の体を張ったジェスチャーや、大げさな表情を読み取ってもらうことが出来る。でも電話ではそれがお互い見えないのだ。なので初期の頃は電話をずっと避けていた。極力電話で話すことを避け、メールやメッセージで済ませて電話で話すことを放棄して生活していたが、その時は不意にやってきた。

 

グラナダに住んでいた頃、マドリードへ遊びに行くのは長距離バスを利用するのが便利で安かった。日に何便もあるのだが、正確な時間が知りたくて知人に聞いてみたが誰も正確な情報を知らない。今ならネットでさくっと検索が出来てしまう世の中だが、その頃のスペインの携帯はネットに繋がらないガラケーだったし、第一グラナダでバスターミナルの時刻表なんていう気の利いたものがネットに出ているとは思えなかった。バスターミナルの窓口に行けば分かるだろうが、町外れにある為市内バスに乗らなければいけない。往復のバス代をケチりたい私は電話で問い合わせてみることにした。

電話で話すことを放棄して生活していたので、電話で話すことを放棄した理由も忘れていたのである。

電話をしてみると出たのは機械的な声の自動音声対応だった。まず出発地を言えと冷たい声に促されたので「グラナダ」と言ってみた。「Granada」と機械が復唱してくる。次は目的地。

「マドリーッ」と言ったら「あなたの言ったことがわかりません。もう一度お願いします」と機械のくせに生意気なことを言ってくる。私の発音が悪るかったのかな?と思い今度は「マドリッド」と言ってみた。

「あなたの言ったことがわかりません。もう一度」、、、完全にケンカを売ってきている。

マドリード

「あなたの言ったことがわかりません。」プツ、プープープー

えっ?電話切られた。電話切られたよ自動対応なのに。機械にわからないって言われて電話を切られたよ。

酷い。酷い仕打ちだ。私が一体何したって言うんだ。「Madrid」ってどお発音すればわかってもらえるんだよ!今まで学校で「Madrid」の発音を注意されたことなどないのに。スペイン語では最後に来る「d」をはっきり発音しなので「マドリーッ(ド)」みたいになる。(日本語表記では「マドリード」と書くことが多いが媒体によっては「マドリッド」となっている所もある。)

ここで負けては女が廃る。ここは意地でも克服してやる!と意を決し再び電話してみた。

相変わらず無機質な機械が目的地を言えと命令してくるので

「マドリーッ」と電話に向かって大声で叫んでみた。すると「Madrid」とあっさり認識してくれた。

さっきと変わらない発音なのに。まるで何事もないように自動音声は続いてゆく。興奮気味にその後も機械に向かって話した結果、私が欲しかったマドリード行きの時刻情報を手に入れることができた。

そこで残る疑問。最初の電話と何が違うのか?ということ。一つ思い当たる事と言えば大きな声で言ったこと。

もしや、音量の問題だったのか?いや、まさか。耳の遠い老人ではなく機械だぞ。そんなことはないだろうと思ったが、これは確かめてみた方がいいのではと思い再度電話を掛けてみた。

最初は「マドリーッ」と普通の声で。

「あなたの言ったことがわかりません。もう一度お願いします」

次は「マドリーッ」と大きな声で。

すると「Madrid」と認識された証拠の復唱が帰ってきた!!!!

 

思い返してみれば現地の人と話すとき、聞き返されたり、通じない場合大きな声で言い直すと大抵の人がわかってくれることがある。単語を間違っていたりすることがあるので大声で言っても通じないことも多々あるのだけれど、簡単な単語を言ったときにもし通じなかったら是非大声で言い直してみて欲しい。

スペイン人は一様に(機械を含めて)耳が遠いのである。