スペインに惚れました

10年暮らした愛しのスペイン私の独断と偏見に満ちた西方見聞録

ATM

それはスペインに移住する前に3週間だけプチ留学をしていた頃のある週末。手持ちの現金が少なくなっていたのでお金を下ろそうと人通りの多い場所の銀行敷地内にあるATMへ行った時のこと。スペインには歩道にむき出しになっているATMがたくさんあるが、一人の時は怖いのでちゃんとした大手銀行の敷地内にあるATMを利用するように心がけていた。

 

銀行の営業中ではなく時間外だったため、銀行の敷地内といっても3台のATMが置いてある無人スペース。

このATMはガラス張りで通りの人も見えるのでびくびくしていたスペイン初心者の私にとっては安全安心のATMに見えた。

 

カードをATMに挿入して「さていくら下ろそうかな?」などと思っていた瞬間、不気味な音とともに手続きしていた画面が突然変わり手続きが終了した!

「えっ?えっ?えええええええ?!!!!」

強制的に手続きは終わり、お金は出てこないわ画面はうんともすんとも変わらないわでプチパニックに陥った私。

カードも戻ってきてないじゃん!!!

どーやったらカードがでてくるのお????

この画面に書いてあるスペイン語は何という意味なんだ????

どーしよう、どーしよう、どーしよう???

 

横を見ると留学生らしき金髪のお兄ちゃんが私のパニックをよそにスイスイとお金を下ろしている。

私は藁にもすがる勢いでお兄ちゃんに「この機械がおかしいよぉ。私のカードが出てこないよぉ。お金も出てこないよぉ。どーすればいいんじゃ!どーすればいいんじゃ!教えてくれ!教えてくれ若者よぉぉぉぉ!」と訳の分からないスペイン語で説明してみたのだが、金髪君は「僕はスペイン語わからないよ。僕には何もできないよ。」と後ずさりしながら逃げて行ってしまった。

 

ATMと私。取り残され助けてくれる人もいない。どーすればいいものかともう一度ATMを見つめるとそこには緊急連絡先だと思われる電話番号が書いてあった。

「そーだ、電話だ。電話をしなければ。」

でもその頃の私は携帯電話をまだ持っていなかった。家に戻るにしてもこのままここを離れていいのだろうか?

私が居なくなった後にATMからカードが出てきたりしたら?そしてそのカードを誰かが取ってしまったら?あーどーすればいいのだ?どーしよう。

パニックになっている私をよそに、ガラスの外の世界は皆楽しそうに夕方の散歩や友達や恋人との時間を楽しんでいるようだ。羨ましい。恨めしい。

みんながウキウキしている週末に私一人だけがこんな目に遭うなんてぇぇぇ。世界を恨んでやる。と据えた目でガラスの先を見ていた時、一人の日本人の男の人を発見した!しかも彼は数日前にバルで会って少しだけ話をしたあの彼ではないか!

あの時は話が全く合わず、もう二度と会うこともないんだろうななんて思っていたのだが、ここで現れるとはまさに地獄に仏。

このチャンスを逃がすものかと彼を呼び止め「大変なんです!助けて下さい」と必死に訴えてATMに連れ込むことに成功した私はさらに彼に「携帯持ってますよね?この緊急電話番号に電話してください。なんて言ってるか教えて下さい。」と懇願。

ドン引きしていながらも電話をかけてくれたけれど、結局

「時間外だからもうなにもできないってさ。月曜日に出直すしかないよ。」

「月曜日まで??今日金曜日ですよ。月曜までなにもできないんですか?」

「カードがATMに吸い込まれるとかってよくある事だから大丈夫。じゃ、僕は急いでいるので。」と私の救世主はたいして役に立たぬまま私の前を通り過ぎていった。

「カードがATMに吸い込まれることがよくある」という衝撃の事実をあまりにさらっと言ってのけるその姿は、スペインという異国の地でたくましく生きる日本人が知らないうちに現地化して日本の常識を超越してしまった最終形なのだろう。

 

とりあえず、現地に住んでいる人が月曜日まで何もできないというならそれを信じてみるしかない。

このままATMに残って週末中見張っているわけにもいかないのでアパートに帰り、日本のカード会社に電話をしてカードが手元に戻るまでの間一旦カードを止める手続きした。

 

さて、決戦の月曜日。銀行の開店時間を目指し、手にはスペイン語のメモを握りしめ、いざ!

シャッターが開くとともに中へ入り、最初に目についた優しそうなスペイン人のおばちゃんスタッフに「私のカード、この中、出てこない、金曜日、このATM。」とカタコトながら頑張って必死に訴えるとそのおばちゃんは「オッケー」と言いながら鍵の束をじゃらじゃら指に回しながら「どの機械?これ?あーちょっと待ってね。」と言って私のカードを吸い込んだ憎き機械の下のドアを開け、中に入っていたカードを取り出した。ってその数!

その機械から出てきたカードの枚数。親指と人差し指で挟んだその厚さ。一体何枚のカードがこの週末このATMの餌食になったのか。

おばちゃんは私の目の前でそのカードの束をまるでトランプのババ抜きでもやるかの如く私の前に広げ「あなたのはどれ?」と笑顔でほほ笑む。

一番上にあった私のカード。二日ぶりに私のもとに帰ってきたカード。あぁよかった。本当に良かった。

 

カードを引き取るにあたり身分証明書となるパスポートとカード番号を控えていた紙などをカバンから出そうとした瞬間、銀行のおばちゃんは満面の笑みで「よかったね。では、よい一日を!」と言って去って行ってしまった。

私の身分証も一切確認しないまま。一度も謝罪もなく、終始笑顔で。

お、恐るべしスペイン。

あっけなく、あっさりと手元に戻ってきたカードを握りしめたまま、朝一に良い仕事をしたと言わんばかりにご機嫌に去っていったおばちゃんを私はただただ見送るしかできなかった。